【史跡】バンコクに残る戦争の爪痕-ドゥシット動物園内の防空壕に行ってきた

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こんにちは、Fumiです!

タイは美しい景色や独特なタイ料理で有名な東南アジアの国ですが、第二次世界大戦中は戦禍に巻き込まれた国の一つでした。今でも国内には戦争の記憶を伝えてくれる史跡が多数残っています。今回はタイの動物園で出会った戦跡についてレポートします。



バンコクに残る防空壕

私が訪問した日は飼育されているカバが51歳の誕生日を迎えたということで多くの家族連れや小学生の団体が来園しており、途中スコールで2時間近く足止めを食らったものの園内はお祝いムードでいっぱいでした。

可愛い動物たちを見学していると、このような施設を発見しました。


(c)太平洋戦争とは何だったのか

AIR-RAID SHELTER、すなわち防空壕ではありませんか!ドゥシット動物園内に防空壕があるという情報は知らなかったため本当に驚きました。


(c)太平洋戦争とは何だったのか

日本兵の人形が立っている建物の向こうには、このような防空壕がありました。

この防空壕の説明が書いてあるパネルによると、この防空壕はバンコクへの連合軍による空襲から市民を守るために作られた国立の防空壕で、ここドゥシット動物園内の他にフワランポーン駅前にもあったそうです。

バンコクへの空襲は1941年の日泰攻守同盟条約締結から太平洋戦争終結まで繰り返され、1944年1月から1945年1月までの1年間でさえタイ王国全土で約250回の空襲があったそうです。その間約2,950機の航空機が来襲し、約18,600発の爆弾と約6,100発の焼夷弾が投下され、死者1,900人、負傷者3,000人、建物損壊9,600棟、建物全壊1,200棟という被害を受けたそうです。

被害状況を写した写真の展示もありました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

空襲により破壊された家。この家に住んでいた人々の安否が気になりました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

被害を受けたバンコクの中心駅であるフワランポーン駅。線路が破壊されてしまっています。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

タイを代表する農産物、米を育む田んぼも空襲されました。この写真はノンタブリー県で、私が滞在していた地域です。自分が滞在していた地域がこのように激しく空襲に合い、多くの人が苦しんでいたと思うと涙が止まりませんでした。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

当時の日本軍の様子を説明したパネルです。タイ語の説明文でも英語の説明文でも「大東亜戦争」と明記してあります。



防空壕の中へ

それでは、防空壕の中に入ってみましょう。


(c)太平洋戦争とは何だったのか

防空壕の入り口は非常に狭く、中がかなり暗いため入るには少し勇気が要りました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

通路は狭く天井も低いです。私は身長が166cmですが、かがんで肩をすぼめて歩かないと天井や壁に当たってしまいそうでした。スコール直後のため床は水浸しで、天井にはたくさんのクモとクモの巣がありました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

避難スペースです。明度の高い照明が内部を照らしていましたが、それでも暗く感じました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

空襲に怯えるタイの人々を表現した人形たちです。実際にここに避難した人々は、この人形たちのように不安でいっぱいだったことでしょう。壕内には、この防空壕や戦争についての説明が繰り返し流されていました。もし自分がこの防空壕に避難していたらどのように感じるだろうと想像してみたところ、生きて出られるのだろうか、家はどうなっているだろう、そしてこの戦争はいつまで続くのだろうといったことを考え、強い閉塞感で押し潰されそうな気持ちになりました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

外の明るさを感じられることがこれほど嬉しいと思ったことはありません。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

出口の上も木々が生い茂り、ここが防空壕だったことを示すような爆弾のモニュメントが乗っていました。

 


(c)太平洋戦争とは何だったのか

防空壕の遠景です。15分程度の見学でしたが、この地で実際に戦争があったことをしみじみと痛感しました。


(c)太平洋戦争とは何だったのか

防空壕の茂みから振り返ると、旧国会議事堂であるアナンタ・サマーコム宮殿が見えました。

 

海外の空襲被害を初めて知った

私は日本国内の戦争博物館や資料館で日本における空襲の被害は勉強したことがありましたが、今回の防空壕見学で海外における空襲被害を初めて目の当たりにしました。

タイでは、開戦と共に日本軍が侵攻したことにより一部地域で戦闘が起こり、後に日泰攻守同盟条約を結んだことにより連合国から空襲を受けるようになります。「日本が侵攻しなかったら失われなかった命が多くあったのではないか」と思うと、タイに対して申し訳ない気持ちになり涙が出ました。

戦争を語る時、いろいろな見方ができると思います。母国から見た見方、連合国から見た見方、そして戦禍に巻き込まれた国からの見方です。誰しも自分にとって都合のいい見方をしてしまう傾向にあると思いますが、私は戦禍に巻き込まれた国からの見方は絶対に忘れてはならないと思っています。加害者はしたことを忘れても被害者は忘れることができません。今のタイ日友好関係があるのは、このような先の大戦における被害の上にあることを考えたとき、日本人として今後どのような考えを持って生きていくべきかを改めて考え直す機会になりました。

タイ国内もそうですが、他の東南アジア諸国においてもこれからさらに行く機会が増えると思うので、そのときはぜひ戦跡に足を運び、先の大戦について考えたいと思います。

 

アクセス

ドゥシット動物園へは、BTSのパヤタイ駅から歩いて25分程度のところにあります。少し足を延ばせばワットポーやワットサケット、王宮などバンコクを代表するお寺や観光名所もたくさんあります。バンコクを訪れることがありましたら、ぜひドゥシット動物園も訪問してみてください。

 

写真撮影:Fumi





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