【博物館】タイの人の目に日本軍はどのように映ったか-泰緬鉄道近くの戦争博物館で

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こんにちは!Judyです。今回は、前回「【史跡】「戦場にかける橋」の舞台に行ってきた-「泰緬鉄道」の今」に引き続きタイの戦跡を見学した際に感じたことをレポートします。

 



 

タイは戦前から独立国家で、どこかの国の植民地になったことはありません。しかし、太平洋戦争時には日本軍が進駐し、一部地域では戦闘も行われました。そして、ビルマへの物資輸送のために建設された泰緬鉄道は映画にもなったため、ご存知の方も多いと思います。今回は、前回に引き続きタイの戦跡を見学した際に感じたことをレポートします。

 

カンチャナブリの戦争博物館

カンチャナブリ市内には戦争関係の博物館がいくつかありますが、私が見学した戦争博物館はクウェー川鉄橋から徒歩5分程度のところにあります。入り口には泰緬鉄道を実際に走っていた汽車が展示されています。

 

かなり老朽化していますがしっかりと原型を留めています。
当時の様子を想像することができますね。

 

 クウェー川鉄橋(カンチャナブリ)とバンコクの位置
青=クウェー川鉄橋紫=バンコク(泰緬鉄道始点) 

 

クウェー川鉄橋と戦争博物館
青=クウェー川鉄橋紫=戦争博物館 

 

汽車の上部には中国語と日本語で説明が書いてありました。
「ガンガナブリ(カンチャナブリ)での第2次世界大戦時のミャンマー、インドへの日本兵軍用具運搬用汽車」と書いてあります。地獄の戦地へ物資を運んだ、まさに死線を超えて今の時代に歴史を伝える時代の証人と言えますね。
中を覗いて見ましたが、かなり狭めに作られた汽車という印象を受けました。

 

手前から東条英機、ムソッリーニ、ヒトラー、山下奉文です。
彼らが見ている先には何が見えていたのでしょうか。彼らの向こうに展示室への入り口があり、その向こうに連合国側の指導者たちが同じく遠くを見ています。

 

私たちはこの後展示室に入りました。
中には戦時中の写真や用具が展示され、タイ人たちがあの戦争をどのように感じていたかを知ることができます。

 

展示室に入って右奥にかなり重い空気を感じたので行ってみたところ、無数の遺骨が安置されていました。説明文には「ここには103体の遺骨が眠っています。泰緬鉄道建設にはもっと多くの人が犠牲になりました。戦争の悲劇を忘れず、二度と同じことを繰り返さないことを祈ります。」といった内容が書かれてました。
遺骨は連合国側の兵士か現地の労働者かはわからないそうです。

 



 

残虐な捕虜への対応

他にも、屋外展示に日本軍が当時使用していた用具や車両、当時の写真などの展示がありました。ここでは日本軍の捕虜への対応など、かなり貴重な展示が多くありましたが、あまりにも衝撃的だったため写真を撮る気持ちになれませんでした。

 

展示を見た中でまず衝撃的だったことは、日本軍は捕虜に褌を履かせていたことです。そして上半身裸で褌だけ身に付けた状態で労働させていました。捕虜たちはきっと屈辱を感じていたことでしょう。

 

貨物列車の一室を監獄にしている展示もありました。痩せ細ったイギリス兵が監獄の格子につかまり絶望の表情をしている人形が中に展示されていましたが、今にも叫びだしそうな雰囲気でした。他にも、日本兵が捕虜へ制裁を加えている絵の展示も多くありました。

 

印象的だった絵は、木に縛り付けて首から水がたくさん入ったバケツをネックレスのようにかけさせて何時間も立たせるというものです。痩せ細った捕虜の首にバケツのロープが食い込み、血が流れて捕虜は瀕死の表情をしていました。

 

展示の最後のコーナーには、クウェー川鉄橋が空襲にあったときのことが展示されていました。日本軍は空襲から橋を守るために橋の上に捕虜を並べ、撃たれた捕虜の血で橋も川も赤く染まったそうです。これについてのリアルな絵の展示もあり、日本の歴史教科書には絶対出てこない事実に私は言葉が出ませんでした。

 

これらの展示を見終わって出口まで歩いていたとき、欧米人の家族がベンチに座って休んでいました。その中の60代くらいの女性が私のことをずっと見ていましたが、どんな思いで見つめていたのか気になりました。

 

慰霊碑へ

戦争博物館を出て右に曲がり、2、3分歩くと日本軍鉄道隊が建立した慰霊碑があります。

日本風な慰霊碑が、重い雰囲気とともに今の時代を見つめています。

「泰緬甸連接鉄道建設間不幸の病を得て斃れたる南方各国の労務者及俘虜の為の此の碑を建て恭しく其の霊を慰む」と書いてあります。病気で亡くなった方への慰霊の言葉は書いてありますが、虐待で亡くなった方への慰霊は含まれていないのでしょうか?もし含まれていないとしたら、虐待の事実は認めたくなかったのでしょうか…いずれにしても酷い話です。
私はここでお参りをし、慰霊碑維持のための募金と記帳をしてきました。
記帳には多くの日本人の名前が書かれていましたが、台湾の人の名前もありました。

 

戦争博物館を見ての感想

私は日本国内の戦争博物館や資料館はいくつか見学したことがありますが、海外の戦争博物館は今回が初めての見学でした。日本国内の戦争博物館では日本人の労苦を伝える展示が多い一方で、タイの戦争博物館の展示内容からは日本人は完全に悪者で恐怖の対象であったことがわかりました。

 

日本にいると、当時の日本人が海外の戦地でどのようなことをしていたのかが見えないことが多いと思います。実際に日本軍が駐留していた場所に行ってみて、そこの博物館に書かれていることは紛れもなく現地の人の目に映ったことなので、この悲惨な展示が事実なのだと思いました。

 

日本側から見た戦争しか知らないときは「連合国はなんて酷いことをするのだろう」と思っていましたが、日本も他の地で酷いことをしていた事実を知り、戦史を勉強し語るには実際に様々な視点から見て聞いて感じる必要があると感じました。
今回カンチャナブリを訪問してみて、クウェー川鉄橋には日本人が何人かいましたが戦争博物館には私以外の日本人はいませんでした。
日本がした事実、そして教科書には絶対出てこない事実を、私は多くの人が知るべきだと思います。

 

ちなみに、タイでは子供の頃から詳しく第二次世界大戦について勉強しているそうで、同行したタイ人はかなり詳しくタイ国内での当時の日本の行動や政治的動向を知っていました。

 

今後も可能な限り海外の戦争博物館や史跡を訪れ、戦争の真実を勉強しようと思います。

 

写真撮影:Judy

 





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