【書評】15歳の東京大空襲(半藤一利)


 

戦争は悲惨である、とだれもが言います。・・・しかし、それをほんとうに知っているのは、いまの時代、そんなに多くいないのではないか。

そう、今から六十余年前、あの熱狂的な提灯行列や日の丸の旗行列の連続のあとからやってきた真底の暗闇と、

やがてそれを突き破って落とされてきた爆弾や焼夷弾のものすごいうなり、はげしい閃光、猛火と黒煙の奔流と、

それをたしかに体験したものだけなんじゃないか、
真の悲惨というものを知っているのは。

(「あとがき」より)

 

だから、戦争体験を伝えることは本当に難しい。そんな風に葛藤を抱く、著者が苦しみながら生みだしたのが、「15歳の東京大空襲 (ちくまプリマー新書)」です。

太平洋戦争を、空襲を、当時の少年はどう生きたのか。何を感じ、どう行動したのか。本書は一人の「下町の悪ガキ」の見た戦争の記録です。筆者の半藤一利氏は数々の戦争関係の著作を残していますが、実際に15歳で東京大空襲を経験していました。

真珠湾攻撃を告げるラジオ放送に始まり、東京大空襲、そして終戦を告げる玉音放送まで、当時の下町の子どもの様子を、包み隠さず生き生きと描いています。文体はかたばることがなく、なめらかで、とても読みやすい。難しい言葉もあまり使っておらず、使われていても解説されているので、まさに15歳の半藤少年と同じ、中学生でもすらすら読み進められるでしょう。それでいて、大人が読んでも面白い。そんな本です。

戦意高揚のかけ声、防空演習に精を出す日々、満足に会うこともできない淡い恋、疎開先でもアメリカ軍戦闘機の機銃掃射に追われ、そして空襲と焼け残った町での生活。当時の資料も踏まえ、時系列で戦争という大きな歯車に巻き込まれた社会がどのように変容していくのかも、たどることができます。

一方で、軍国主義に染まりきることがなく、どこか斜に構えている悪ガキの姿は、戦前・戦時中の日本を賛美したい人にとっては不快に映ることでしょう。「大東亜戦争」の大義を信じて殉じた当時の人々の姿を追い求める方には、本書はお勧めできません。8月15日の玉音放送の場面では、このように描かれています。

・・・そして崩壊の代償として、一億の日本国民はいま偉大なる葬儀に参列するのです。

「八紘一宇」などという大日本帝国の不相応の夢を葬るのです。

昭和天皇が喪主といえるでしょうか。

(P.183)

 

一方で、ある下町の悪ガキの目に、戦争や社会、そして大人たちはどう映っていたのか。それを純粋に知りたい方には、お薦めの一冊といえるでしょう。戦争を知らない私たちの目の前にも、当時の情景がありありと浮かび上がってきます。

 

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