【主催イベント】東京大空襲の現場を歩く-72年の記憶(2017/3/12)

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今から72年前の1945(昭和20)年3月10日未明、東京の下町エリアをアメリカ軍爆撃機B-29の大群が襲いました。約2時間30分の爆撃は、木造住宅の並ぶ下町を焼き尽くし、約10万人が一晩にして亡くなりました

この東京大空襲がどのようなものだったのか、被害の激しかった地域を歩きながら、当時をしのび、これからを考えるイベントを企画しました。ぜひご参加ください。

本イベントは終了しました。報告はこちらをご覧ください ➡ 【イベントログ】東京大空襲の現場を歩く-72年の記憶(2017/3/12開催)

 

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【企画概要】

・日時:2017年3月12日(日)13:30~18:00 (遅刻のご予定は要相談)
・集合:吾妻橋 スペースアルティエーレ(東京都墨田区東駒形4-20-3 1F )
アクセス:都営浅草線本所吾妻橋駅徒歩5分、東武伊勢崎線 とうきょうスカイツリー駅から徒歩8分

・解散:JR総武線・都営大江戸線 両国駅(雨天の場合は集合場所と同じ)
※集合と解散の場所が違いますのでご注意ください。
・定員:先着8名
・参加費:お気持ちで(1円以上から。振り返りの喫茶店代は個人持ち)
・主催: 大平洋戦争とは何だったのか 管理人

 

【プログラム】

13:15 開場

13:30 開始 あいさつ・参加者自己紹介

13:50 東京大空襲について(説明)
東京大空襲はどのようなものだったのか。主催者による説明を行います。
・東京大空襲のアメリカのねらい
・空襲はどのようにして行われたか
・どのような被害が出たか・それはなぜか
・太平洋戦争において東京大空襲はどんな意味があったか
・東京大空襲から見える、日米のものの考え方の違い

14:30 フィールドワーク
被害の大きかったエリアを歩きながら、当時に思いをはせます。あの日何があったのか、被害に遭った人が見たものは何か、知ります。また、東京空襲関連の展示や、記念碑も訪れます。
・隅田川沿い散策
・都立横網町公園(復興記念館、記念碑、慰霊堂
紹介ページ ➡ 【施設紹介】東京都立横網町公園(復興記念館・東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑・東京都慰霊堂)

16:30 振り返り・感想
両国駅付近の喫茶店で自由に感想を話し、時間があればいくつかテーマに沿ってディスカッションします。
・感想の共有
・当時と今を比較して思うこと
・東京空襲を伝える公的・大々的な資料館がない(あっても小規模)ことについて
・戦争中の残虐行為をどのように考えるか/戦後に謝罪することの是非
・語り継ぐことの意味とは

場所:
カメ カフェ(東京都墨田区石原1-23-4)
https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131201/13156735/
※飲食代は各人持ちです。(ドリンクのみOK 350円~)

18:00 解散

 

※雨天の場合☔
雨の程度によって、コースを変更しますが(最悪フィールドワークを無くし、屋内の別プログラムにします)、開催はします。雨の確率が高い場合は、お申込頂いた方に事前にご連絡します。

 

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【お申込】

ご参加にはお申込が必須です。こちらのリンクよりフォームにご記入ください。

皆様のご参加をお待ちしています! 🙂  😀 

 

本イベントは終了しました。報告はこちらをご覧ください ➡ 【イベントログ】東京大空襲の現場を歩く-72年の記憶(2017/3/12開催)

 

【本土空襲解説ページ】

サイト「大平洋戦争とは何だったのか」の「本土空襲(1944年6月-1945年8月)」ページでは、東京大空襲をはじめとする本土空襲について詳しく解説しています。こちらもぜひご覧ください。

目次:

  1. 本土空襲(概要
  2. 日本を襲う銀色の怪鳥-B-29とはどのような飛行機か
  3. 東京大空襲(1)-大量虐殺の序章:焼夷弾・ルメイ・ドレスデン
  4. 東京大空襲(2)-2時間で10万人の市民を焼き殺した焼夷弾の大量投下

 

<参加者募集>ワークショップ開催!

空襲などで家族を失い、自らも傷つき、財産を失った多くの民間人に対しては、軍人・軍属とは違い、戦後国からの支援はまったくありませんでした。

戦後、補償を求める民間人の動きはどのようなものであったのか、裁判の先頭で尽力してきた方々にお話を伺い、私たちには何ができるのか考えます。詳しくは以下の画像をクリックしてください。

 

photo: owner



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