【資料館】戦争と平和の資料館 ピースあいち


名古屋駅から地下鉄で約20分、閑静な住宅街に立つ、すっきりと洗練された建物が「戦争と平和の資料館 ピースあいち」です。ピースあいちは2007年5月4日に開館し、今年で10周年を迎えた民間の戦争・平和資料館です

ピースあいちホームページ

 


展示がぎっしりと詰まった、おしゃれな館内

3階建ての建物は、1階と2階が常設展示場で、3階が企画展に使われています。1階は市民の交流スペースにもなっており、イベント等でも使用されます。

ここでは、常設展示場である1階と2階の様子を紹介します。

 

2階-常設展示の中心

2階が常設展示の中心です。「愛知県下の空襲」「戦争の全体像・15年戦争」「戦時下のくらし」の3つのテーマに大別され、それぞれが詳しく解説されています。

 

第一展示 愛知県下の空襲

人口が多く、産業集積地でもあった愛知県は、本土空爆の初期からアメリカ軍の戦略爆撃の対象とされました。爆撃の対象は軍事基地や軍需産業のみならず、一般市民へとも広げられ、激しい空襲にさらされました。本展示では、愛知県の産業的特徴を掘り下げるとともに、都市空襲の実態、民間人への被害を詳しく紹介しています。

 

第二展示 戦争の全体像・15年戦争

先の大戦については、空襲や原爆、沖縄の地上戦、または慰安婦問題など、個別の悲劇は語られることは多くとも、その全体像を知る機会はなかなかありません。なぜ日本は戦争へ突き進んだのか。どのような経緯をたどったのか。なぜ国民は戦争を止めることができなかったのか。この展示はその全体像をわかりやすく解説しています。そしてタイトルの「15年戦争」が示すとおり、1941年12月に始まったアメリカを中心とする連合軍との戦い(太平洋戦争)だけではなく、1931年の満州事変にまでさかのぼり、日本の中国大陸侵攻から解説しているため、大きな歴史の流れの中で全体像をつかむことができる構成となっています。

 

第三展示「戦時下のくらし」

戦時、市民はどのように厳しい暮らしに耐えていたのか。お父さんやお兄さんが兵隊に行き、妻や老人、子どもたちばかりになった当時の人々の生活を、豊富な資料で解説しています。

 

コーナーの一角には、当時の庶民の部屋が再現されており、戦時下の生活の様子が、実感を伴うよう工夫されています。展示されている品は、実際に当時使われていたものです。

 

「眼をそらさないでください これが戦争です」

展示スペース中央には、15年戦争の犠牲者のいたましい写真が大きく掲げられています。日本人だけではなく、外国の犠牲者も含め、戦争とは何なのか、知って欲しい。ピースあいちのそんな思いが伝わってくるコーナーです。

 

訪問時(2017年7月)には、広島平和公園の原爆の碑に捧げる、折り鶴を折るコーナーもありました。

 

廊下の壁面では、地元の中学校の生徒が作った作品が展示されていました。地域としっかりつながっていることが表れています。

 

2階の廊下。白基調の内装に、日光をふんだんに取り入れる設計になっています。全体的にとても明るく、おしゃれです。

 

1階-展示と交流のスペース

壁面には「現代の戦争と平和(第四展示)」と題して、1900年から現在にいたるまでの、平和と戦争の歴史が紹介されています。時系列で出来事が解説されており、ダイナミックな歴史の動きを簡潔に把握することができます。

 

同じく1階には移動式の展示があります。これは「準常設展示」として、「戦争と動物たち」と題して名古屋市の東山動物園で戦時中ゾウが殺処分されずに守られた話、そして戦時下の動物たちの運命についての展示があります。1階でイベントを開催する際は、この展示が一時的に折りたたまれ、椅子が並べられます。

 

1階は展示・交流スペースの奥が事務所にもなっています。しかし展示スペースと完全に仕切られているわけではなく、とてもオープンな雰囲気になっています。

 

展示の特長

見やすい、わかりやすい

資料館ですから、展示は命とも言えます。ピースあいちの展示はいずれも大変読みやすく、かつ綺麗にデザインされています。大きい写真や資料が目を引き付け、その後それに対する詳細な説明が付いてきます。それぞれの展示に対する説明もしっかりされているので、理解もよく進むでしょう。

このスペースで戦争全体と愛知県の特性・被害をわかりやすく紹介するというのは、大変困難なことであったと思います。展示におけるコンセプトがしっかりしていて、なおかつそれを実現できるだけの力のある方たちが集まったのだなと感じました。実際、ピースあいちを運営されてきた数多くのボランティアの方々には、戦争の歴史について詳しい大学の教授や高校等の教員の方々も複数参画され、専門的知見からの検証もなされているとのこと。戦争の歴史を後世に伝えたいという「熱い想い」と、専門知識に基づいた「冷静な目」との絶妙なバランスがピースあいちの展示を形作っているのではないでしょうか。

ピースあいちの展示
戦時中実際に使われた品がたくさん展示されており、往時の雰囲気がよく伝わってくる。

 

一方で、スペースの割りに展示内容がぎっしりのため、全部読み進めるにはそれなりに神経を使うかもしれません。また、これはテーマの性質上仕方ないことでもありますが、一部説明が難しい部分もあります。10名以上の団体であればボランティアのガイドを付けることができますので、ご利用されることでより理解が深まるでしょう。

 

かなり踏み込んだ展示内容

展示内容は戦争の実態にかなり踏み込んだものとなっています。日本の民間人の被害や、日本人からの視点のみならず、15年戦争における加害者としての側面もしっかり描く内容になっています。この内容は、民間の資料館だからこそできたものではないでしょうか。ピースあいちでは展示内容に「学問上の定説」を採用することを方針にしているとのこと。社会的な議論になっているテーマも、正面から取り上げられています。

 

常設展示以外の活動も充実

ピースあいちでは、常設展示以外にも、企画展を頻繁に開催しています。また、各種イベントも開催されています。詳細はホームページでご確認ください。

 

設立の経緯

それでは、ピースあいちはどのように設立に至ったのでしょうか。

2007年の設立のじつに14年前から、愛知県における戦争・平和資料館設立のための運動は始まりました。戦争の記憶が風化していくことに危機感を抱いた有志のメンバーが、「戦争メモリアルセンターの建設を呼びかける会」を1993年8月に発足させました。当初は、戦争は国策として遂行されたのだから、後世へ伝えていくのは公的機関の義務だと考え、愛知県と名古屋市に建設を働きかけます。

市民側の訴えを受けた行政は当初前向きな姿勢を見せ、20世紀中に建設は実現するかに思えました。しかし、長引く不況の影響、そして政治環境の変化により、平和資料館建設は棚ざらしとなってしまいました。そんな折、90坪の土地と、建設費用として1億円を寄付して頂けるという女性が現れました。そしてその土地と寄付金を元手に、建設をすることはできないか行政に再度働きかけたものの、断られたため、完全に民間で建設することを決意されました。

このような経緯は東京の事例と酷似しています。東京では、東京空襲と戦災の記憶をとどめるため、「東京大空襲・戦災資料センター」が設立されています。このセンターも、完全に民間で設立・運営されています。
(東京大空襲・戦災資料センター設立の経緯については「【インタビュー】早乙女勝元さん(作家)-東京大空襲を今に伝える」で解説しています)

 

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ボランティア

ピースあいちはほぼ全てボランティアの方々によって運営されています。現在、約90名の方がボランティア登録をされているとのこと。館の運営に必要な様々な作業を分担し、日々運営されています。関心のある方はこちらをご覧ください。

 

会員・寄付

ピースあいちの運営資金は、会費(正会員・賛助会員)と寄付金によって賄われています。館の維持と、様々な企画を行っていくための資金は常に不足しがちです。新たな10年に向けて発展を続けるピースあいちを、ぜひ応援してください。

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アクセス

所在地:〒465-0091 愛知県名古屋市名東区よもぎ台2丁目820
TEL: 052-602-4222

交通:地下鉄東山線「一社」①出口から北へ徒歩12分/地下鉄東山線「上社」から市バス上社11系統「じあみ」下車、西へ徒歩3分

その他開館時間・入館料等詳細はこちらのページをご覧ください。

 

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写真撮影:管理人
本項作成にあたり、『戦争と平和の資料館 ピースあいち 会館10周年記念誌「希望を編みあわせる」』を参照しました。



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